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受験奮闘記

中学受験生

あんころもちさん 広島女学院中学校合格

 私が中学受験を目指すようになったきっかけは、父や母と一緒に志望校のオープンキャンパスに行ったことです。オープンキャンパスではお姉さんたちが優しく、また制服が可愛いかったのでここで学びたいと思いました。  私は4年生の3学期に入塾し、5年生になってから受験クラスに入りました。私はソフトボールもしていたため、勉強とソフトボールの二刀流で頑張りました。6年生になるとソフトボールの練習が休みの日には素振りなどの自主練をしていましたが、それ以外の時間は出来るだけ塾の自習室にこもり『eトレ』や色々な中学校の『過去問演習』をやりました。『過去問演習』はただやりっぱなしにせず、必ず復習をして解ける問題を増やしていきました。  夏休みになるとみんな毎日朝から自習室にこもっていました、私も練習がない時間帯は必ず自習室にこもるようにしました。ですが大事な夏合宿がソフトボールの西日本大会とまるまるかぶってしまい1日も参加することができませんでした。このことで私は受験クラスの仲間たちと差が生まれたかもしれないと思い、必死で塾や自宅で勉強しましたが夏の模試の結果が悪く落ち込んだこともありました。私も努力していましたが、練習や試合をしている間にほかの人はもっと努力したんじゃないかと思いました。焦った私は父と一緒に吉田先生と相談して、中3受験生の自習室を使えるようにしてもらいました。小学部の自習室は18:40で閉まるのですが、中学部の自習室は21:40まで使えるのでソフトボールの練習が終わった後でも自習室に行くことができるので集中して勉強をすることが出来ました。  秋になっても塾とソフトボールの二刀流の日々が続きました。秋にも塾の合宿がありました。秋合宿は3日間お泊りで集中的にやりこむ予定でしたが、またもやソフトボールの試合とかぶってしまいました。それでも今回は1日参加することが来ましたので、合宿ではみんながどれだけ真剣に勉強していたかを感じました。試合のほうはホームランを打つなど活躍し、チームはマツダスタジアムで優勝しました。  そうやって頑張った結果、直前期にはでは苦手科目の社会を克服するだけでなく得意科目の国語をはじめ理科や算数も強化することが出来ました。そして模擬試験でも女学院中学や安田女子中学にとても良い判定が出るようになりました。その勢いで最後のイベントである冬期講習会から塾内合宿『正月特訓会』はとことん自分を追い込むことが出来ました。  そして迎えた当日、吉田先生に『絶対合格できる』と言ってもらったことで自信をもって試験に臨むことが出来ました。その結果受験した中学はすべて合格することが出来ました。二刀流を許してくれたソフトボールの関係者の方々、いつも近くで見守ってくれた母、最期まで勉強を教えてくれた吉田先生、ありがとうございました。


虫キングくん 修道中学校合格

 僕は5年生のはじめまで、舟入にある塾に通っていました。ですがいつも塾に行くまでにかなり時間がかかっていたので、江波にある塾を探していました。そこで見つけたのが春と秋にBBQをする塾『PREFIX江波校』です。はじめは焼き肉のことばかり考えて入塾しましたが、夏は涼しく冬は暖かいので勉強がはかどりました。その結果どんどん成績が伸びていきました。秋のBBQで焼きマシュマロを食べすぎておなかを壊したり、夏の盆踊りでも塾で出していた屋台のチュロスを食べすぎておなかを壊したりしていたのも今では良い思い出です。  6年生になるに少し前気が緩み、5年生の3月ごろ位から僕は良く遅刻するようになりました。その結果6年生の5月ころは成績が伸び悩んでいたように思います。ですが先生からの注意もあり、いろいろなことを見直していくと徐々に成績が上がるようになり、他塾の模擬試験でも以前よりいい判定が出るようになっていきました。  夏には合宿がありました。合宿ではもちろん本気で勉強していましたが、勉強以外の思い出としては休憩時間中に採取したトンボを標本にしたことです。虫が大好きな僕には田舎で行われる合宿は休憩時間に昆虫採取という楽しみがありました。そして夏休みが終わって9月になると6受の自習室は中3生と同じ2階になりました。同時にこの時期からプリント演習や、過去問演習が加速していきました。勉強とは関係ありませんが、江波山から飛んできたクワガタムシを塾で捕まえて時はうれしかったです。  11月には秋合宿がありました。僕は気合を入れるために合宿中立って勉強するようにしました。先生が『塾名物立ち勉』と言っていたのは面白かったです。ちなみにこの立ち勉はものすごく集中することが出来たのでお勧めです。そして直前の冬期講習では1月1日以外毎日塾に籠って勉強しました。特に2日3日4日の正月特訓会は合宿と同じ感じで勉強できたので良かったです。  僕はこれから修道中学に進学し将来の夢である防衛大学校に進学できるよう頑張っていきたいです。


きこきこさん ND清心中学校、県立広島中学校合格

 私は6年生の夏ごろPREFIX江波校に通うようになりました。入塾してすぐあった夏合宿は理科と社会の全範囲学習がテーマでしたが先生が、想定していたペースより早く終わってしまったらしく追加の課題を出されました。それはいろいろな中学校の図形の問題でした。私は図形が大嫌いだったのですが、やるしかないと思い頑張りました。特に灘中の問題はすごく難しかったですが、合宿でたくさん解いたことで図形の問題が解けるようになっていきました。
 夏期講習会が終わると、PREFIXでは毎週土曜日に過去問演習会が開かれていました。過去問演習会では広大附属・学院・清心・修道・女学院といった上位校だけでなく、城北・安田・なぎさ・崇徳・協創などの有名校の過去問も演習していきました。全部で20年分以上はやったと思います。過去問演習会では本物の試験通りの時間で実施されていたので、参加していくうちに時間配分が身につくようになっていきました。また、その場で丸付けをしていくため、すぐに間違えた問題がわかり良かったです。
 PREFIXの自習室は席の広さがちょうどよく、私は家からも近かったので隙間時間に集中して勉強することが出来ました。また直前期の冬期講習では開いている時間は極力自習室に籠ることにしました。冬期講習の間は、先生から過去問をたくさん渡されたので、一日一つは過去問を解いていました。また 色々なテキストも自習室でして、理科社会の最終確認をするなどして過ごしました。
 中学校入試を経験したことで、私は長時間集中できるようになったし、自分で何をしなければいけないのかを整理して効率よく勉強できるようになりました。また問題を粘り強く考えて解くことが出来るようになりました。中学校受験で身に着けたこの力を生かし、中学校生活では勉強や部活に全力で打ち込んでいきたいです。

高校受験生

なーすんさんしんそんさん 舟入高校合格

 私は、中学1年生の頃からPREFIX江波校にお世話になっていました。3年間通い続けたこともあり、受験期には先生方にとても手厚くサポートしていただき、大きな支えになりました。  私が本格的に受験を意識し始めたのは、中学3年生になってからでした。最初は「まだ大丈夫だろう」という気持ちが大きく、勉強に対して強い危機感を持てていませんでした。しかし、塾で何度も模試を受ける中で、自分の点数が思っていたより低く、伸び悩んでいることに気づき、このままではいけないと強く感じました。そこから少しずつ受験に対する意識が変わっていきました。  勉強を続ける中で、うまくいかないこともたくさんありました。特に苦手だったのは国語で、何度解いても同じような問題で間違えてしまい、自己嫌悪に陥ることがよくありました。数学の平面図形の問題でも、初めて見る問題を解くのが難しく、勉強量を増やしてもなかなか結果に結びつかず、諦めそうになったこともありました。  そんなときに支えになったのが塾の存在でした。特に自習室は、私にとってとても大きな支えでした。私は家ではなかなか集中することができず、勉強時間を確保することに苦労していました。ですが、自習室に行くと周りの人たちが真剣に勉強していて、その姿を見て「自分もがんばろう」と思うことができました。わからない問題があったときには、すぐ先生に質問できる環境もあり、少しずつ理解を深めていくことができました。  私が理解できなくて泣いてしまったときも、吉田先生が見捨てず、やり方を覚えられるまで教えてくださったことは今でも心に残っている出来事です。また、受験直前には数学の証明問題を別の先生が何度も一緒に確認してくださり、解き方や考え方を丁寧に教えてくださいました。証明問題には最後まで苦手意識がありましたが、先生のサポートのおかげで少しずつ自信を持てるようになりました。  受験が近づくにつれて不安も大きくなりましたが、今まで塾で学んできたことを信じて最後まで勉強を続けました。そして合格発表の日、自分の番号を見つけたときは本当に嬉しく、これまでの努力が報われたと感じました。  PREFIX江波校での三年間は、勉強だけでなく、最後まで諦めずに努力することの大切さを学ぶことができた時間だったと思います。ここまで支えてくださった先生方には本当に感謝しています。これから受験を迎える皆さんも、先生方のアドバイスを信じて最後まで頑張ってください。


いぬわんさん 広島県立広島商業高校合格

 私は中学校一年生の時にこの塾に入塾しました。私は小さいころから何をやっても習い事が続かず、すぐに辞めていました。それもあってか、この塾に入るときもすぐに辞めるだろうと思っていました。初めて先生と面談したときはまだ塾が開校する前だったので、ココスで入塾面談をしました。面談では私がとても面倒くさがりなのと、小学校でふわっとしか勉強をしていなかったことを一瞬で見抜かれ、驚いたことを覚えています。  そしていざ先生の授業をを受けると面白く、また分からないところが無いかといつも言ってくれるので気軽に聞くこともできました。その結果気がつけば3年間も通い続けていました。3年間もこの塾にいるのに一度も辞めたいと思ったことはありません。それは先生が生徒1人1人を大切に思っているからです。  「塾の先生ならこういうことは当たり前」と思うかもしれません。実際先生はとても合理的で論理的な考え方をします。先生が自分の時間を削って勉強を教えてくれた時、私が「いつか恩返しをする」と言おうものなら「点数で返せ」と言われました。このやり取り何度やったかもう覚えていません。そして頼んでいないのに先生は空き時間で熱心に勉強を教えてくれたりしました。ですが私の理解力が足りないため自分が情けなくなり泣いてしまったとき、先生が「熱くなりすぎた」と言いながら涙をぬぐってくれたこともありました。その時私は中学1年生ながらに、絶対この塾はやめないと誓ったのを覚えています。  こうして習い事の先生は最低限の仕事をこなしているという私の偏見はどんどん覆されてきました。先生は効率重視で冷たいと思うかもしれませんが、誰よりも生徒思いで深い愛情を持った優しい先生です。大袈裟かもしれませんが、人との出会いがここまで自分の人生を変えるものなのだなと思いました。先生と出会っていなかったら公立高校に受かっていなかったし、本気で大学に行きたいと考えすらしなかったと思います。  「今日魚釣ってきたから」と言って、みんなに持って帰らせたり、「あいつちゃんと勉強しとるんかな・・・」と辞めた生徒のことを気にかけたり、「頑張った子にはご褒美だ!」と言って定期テストが終わったらみんなにジュースを買ってくれたり・・・。こんなにも生徒思いで優しい先生はいないと思うし、感謝してもしきれません。だから高校生になってもこの塾に通い続けて、大学入試でも国公立大学合格という結果で恩返しが出来るようにこれからも努力し続けたいです。


つかぽんさん 五日市高校合格

 まずお伝えしたいことは、3年間ありがとうということと家の近くにこの塾を作ってくれてありがとう。ということです。初塾がこの塾でしたが本当にこの塾に入れて良かったと思います。先生は熱心で愛情があり、不登校な私は塾に来ただけでも褒めてくれます。また自信をなくした時、精神が弱ってしまった時だれよりも頼りになったのは吉田塾長でした。他の先生方の指導も愛があり、わかりやすくだいすきでした。  私は第一志望の五日市高校に合格しました。まず大前提、私は受験期に精神を病んでいたのであまり継続して勉強することが出来ませんでした。その代わり気分が乗った時にドン!っと大きく勉強するやり方でした。合宿などは気分を乗せるために良かったので、全部参加しました。こんな私が受験に受かった大きな理由は、この塾に入ったからだと思います。自分でも自分を諦めていたのに、先生だけは諦めないでいてくれました。一人一人をよく見ている良い先生です。厳しいし、タフすぎるけどそれでも入塾してよかったです。みなさんもきっと後悔しません。どれだけ自信をなくしても先生は励ましてくれます。  私の学校は国数英は100点換算になる仕組みだったのですが、私の数学の当日点は15点でした。それでも受かりました。苦手教科がひとつなら他の四つを磨いて下さい。私は英もダメだったけど、国理社を本気でみがいてがんばったから合格をいただけたのだと思っています。  また自己表現は本当にやる気になれず、いつまでたっても私が原稿を書ききらなかったのを見かねた吉田先生は、私が描きやすくなるように大枠を作ってくれたりしました。  今ダメだと思っていても、決して諦めず、最後の最後までねばり、最善を尽くすことで未来はきっと大きく変わります。辛くて立ち止まっても前を向いて頑張ってください。ネバーギブアップ。あきらめないで!!そして3年間も面倒を見てくださったこと、感謝してもしきれません。入って良かったと心から思います。これからは面倒かけないように先生が家に迎えに来なくても塾に行きます!

大学受験生

365日くん 広島大学工学部合格

 私は小学校中学校と別の大手塾に通っていました。その流れで高校もその塾に通っていましたがどうも合わなかったので高校1年生の時にPREFIXに転塾しました。入塾すると吉田先生から志望校合格のためのスケジュール表を渡されました。私は作ってももらったスケジュールを予定より1・2週間早く終わらせるように心がけていました。そして、その結果atama+の勉強時間ランキングで全国2位になったことは大きな励みになりました。  atama+での演習が終わったらスタディサプリを使った予習型の授業に切り替わりました。塾で予習をしてから学校に行くことでより理解を深めることが出来ました。私は問題集も使って演習をしていました、使った問題集は学校で渡されたFocus Goldです。新しい問題集を買おうかと思いましたが、塾の先生に今持っているもので十分と言われたので繰り返し演習しました。  そうこうしているうちに3年生になりました。PREFIXでは夏と秋に合宿がありました。私は合宿で社会のプリントをひたすらやりこみ、かなりの量を暗記しました。これがベースとなり社会は共通テストを乗り切ることが出来たと思います。これは個人的な意見ですが、理系の社会は倫理がお勧めです。  数学と英語は一斉クラスの授業も受けていました。1学期と2学期は普通の授業でしたが、3学期は問題の解き方ではなく、答案の書き方を習得するための授業でした。吉田先生にはメンタル面でも勉強の方針に関してもよくサポートしてもらいました。時には夜1時まで三者面談をしてもらったこともあります。とても頼りになる指導力のある先生でした。


Yくん 北海道大学法学部,慶応義塾大学法学部合格

 私は小学生の時から浪人まで吉田先生にお世話になりました。中学受験の時には算数を主に教えて頂き、「俺より計算が早いとは驚きだ」と言われたことがとても嬉しかったのを今でも覚えています。中学校に進学しても持ち上がりで教えて頂きました。中学校の時の私は自分から見てもどうしようもないクソガキで、親や先生にもたくさんの迷惑をかけてしまいました。申し訳ないです。でも先生は粘り強く自分を正そうとしてくれました。何度も何度もじぶんを叱り、諭してくれました。今振り返ると、あの時先生が自分を見捨てていたら、自分は大学受験すら出来ていなかったと思います。本当に人生の恩人です。  私に転機が訪れたのは中学校3年生の時でした。  吉田先生のご指導もあり「どん底」をなんとか抜けた私は、夏から大学受験対策を始めました。この時の志望校を決める面談で、私が「東京の大学に行きたい」と言ったところ、吉田先生は「なら東大を目指そう、お前なら行ける」と自信たっぷりに答えてくれました。この時、私に初めて東大という選択肢ができました。弁護士になりたかった私はこの時から東京大学文科一類を志望校とし、最後まで志望校を貫き通しました。それから私はとにかく勉強をしました。高校生の頃は、吉田先生との関わりが無くなってしまいましたが、私は高校生になっても勉強を続け、成績もどんどん良くなっていきました。そして受験本番を迎えました。しかし、共通テストでは理想の点数を大きく下回ってしまいました。それでも私は東大に行きたいとの思いから文科一類に出願しました。出願後、2月には吉田先生が「数学の答案を見るから送ってこい」と言ってくれ、答案を送ったのを覚えています。でも結果は不合格でした。二次試験の対策をずっと行なってきていた私はいくら共テが悪かったとはいえ、ギリギリで受かっているのではないかと思っていたため非常にショックを受けました。泣きながら吉田先生に不合格を伝えると、先生は「東大には浪人して受かった人もたくさんいるからもう1年やってみろ」と言ってくれました。(私立、後期共に受験していなかった私はこの時既に浪人が決まっていました)加えて、「模試の結果を全て送ってこい」とも言ってくれました。浪人の間は1から基礎を見直し、勉強に打ち込みました。現役の時よりも模試の点数も上がり,結果を先生に送る度に「受かる」と言ってくれたのがとても嬉しかったです。本番は手応えはいつも通りの感じで、まぁ受かったかなと思っていました。しかし結果は不合格でもはや笑いしか出ず、先生にも不合格を伝えた上で北海道大学の後期試験を受験し、なんとか合格をいただくことが出来ました。  私は今までの人生の中で吉田先生ほど熱く、生徒想いな先生に出会ったことがありません。先生はまさに私の「恩師」です。本当にありがとうございました。


HIDUOくん 東京都立大学法学部合格

 僕は高校三年生の11月末に理系から文系へと進路変更をしました。かなり遅い決断であり、受験までの残り時間も限られていたため不安の大きい再スタートでした。それまで理系3科目を中心に勉強していましたが、塾の合宿カリキュラムのおかげで地理の知識や英単語の基礎があったため何とか間に合うかもしれないといった状態でした。  文転前は理系科目は偏差値40台で、国公立ではどの大学もE判定を受けていました。理系科目の遅れを取り返す自信を持てず、徐々に勉強への意欲も持てなくなっていきました。しかし、哲学に興味を抱き文転を決めたことで、大学進学への意欲が湧いてきたのです。最終的には国英社の三教科で共通テスト8割まで上げることが出来、東京都立大学をの受験を決め、見事合格することが出来ました。  ここからは勉強の流れを詳述していきます。全体を通して最も多くやったことは過去問を解くことでした。そこで必要な知識が何かを理解し、インプットするものを選別していきました。英語が伸び悩んだときは文法の基礎の復習をし、地理のスランプは問題を解き続けることで脱しました。必要な勉強は人それぞれ違うので、過去問を解くことで自分に必要な勉強を見つけることが出来ます。塾では主に自習室を使って勉強していました。家では集中できなかったことも多かったため、自習室に通うことで勉強時間を確保することが出来ました。塾の英文読解のクラスでは文章の読解方法を体系的に学べました。知らない単語が使われている長文も論理的に読むことで、理解が出来るようになりました。二次試験前は塾で国語の答案添削をしてもらっていました。先生のおかげで記述答案の作り方を理解でき、自信をもって二次試験に挑むことが出来ました。  受験勉強を通して感じたことは、諦めないことの大切さです。綺麗ごとのように聞こえますが、実際僕は諦めるしかないような状態から自分でも想像し得なかった結果を掴み取りました。これから受験を迎える後輩の皆さんには、意欲をもって勉強をしていただきたいです。  最後になりましたが、家族をはじめとする受験期を支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。


さくさくさん 北九州市立大学外国語学部,関西外国語大学合格

 私は一年生の頃から外国語学部のある大学に進学したいと思っていたので北九州市立大学外国語学部を志望しました。そのため、英語の勉強を頑張りました。特に英単語を覚えることに力を注ぎました。  2年生から1週間で200単語覚えれるように隙間時間を活用しながらコツコツ頑張りました。また、共通テスト対策にも力を入れました。共通テストの傾向をしっかり理解して過去問や予想問題をたくさん解きました。なのでリーディングでは高い点数を取ることができました。  しかし、英語リスニングを3年生になるまで全然していなかったので点数を取ることができませんでした。リスニングは早い時期からやっておかないとなかなか点数を取ることができないので少しの時間でもリスニングをしていればよかったなと後悔しています。  国語では、現代文が比較的高い点数を取れていたので、古文と漢文を主に勉強しました。共通テストの3ヶ月前まで模試で古文と漢文の合計点数が5割を超えることがなかったのですが古典と漢文の文法や単語を最後まで覚え、アウトプットを最後まで繰り返しました。政治経済は早めに参考書を2、3周しておき最後の3ヶ月はアウトプットしてわからなかった単元を復習しました。  私は家で勉強すると集中力がもたなかったため、平日は学校から帰ってからすぐに塾へ行き、土日は午前中は図書館で勉強をして午後に塾へ行き、22:40までこもって勉強を頑張りました。時には塾で寝ることもありましたが、先生に起こしてもらったり、友達に起こしてもらったりして切磋琢磨しました。本当に環境は大事だなと感じました。  この頑張りのおかげで第一志望に合格することができました。しかし、共通テストが終わってから2次試験まで少ししか時間がないにもかかわらず、2次試験の対策を全くしていなかったためとても苦戦しました、特に和英問題では共通テストにない問題だったのでとても苦戦し塾の先生にとても厳しい指導をされました。なので、2次試験の勉強を早くからやっておけばよかったなと思いました。特に、赤本は傾向をつかむために早くからしておかなければいけないなとま思いました。また、大学によって2次試験の教科が違うので早めに志望校を決めておけばよかったなと思いました。受験当日は試験の傾向が変わり和英問題が英文翻訳になりパニックになりましたが、そういうハプニングを受け止めることが大事です。